真実と善と美

 日常の中で、見たり聞いたりした事について書いています。

敗戦記念日

  終戦記念日でした。敗戦記念日とも言えると思います。

 

 この時期になると、戦争と平和に関して色々と思うところがあります。

 

 私の地元の小学6年生は修学旅行で福島、会津へ行きます。すると、当然のように白虎隊の学習をするのですが、白虎隊の集団自決は美談にされていますけど、私は日本史上最悪最大の教育の失敗だと思うのです。

 

 皆さんご存知の通り、戊辰戦争にて、会津藩は侵攻する政府軍に対し武力で応じました。白虎隊は13歳から17歳までの武家の子どもで構成された部隊で、実戦に参加しました。

 そんな部隊など実戦にどれほどの役に立つか、たかが知れています。なんてったって新式の銃を携えてかかってくる、圧倒的多数の敵に、白虎隊は中太刀(子どもだから)で待ち受ける訳ですから。

 

 この会津戦争は老若男女が玉砕覚悟で、死を覚悟して臨んだと思います。でも、中には「生きたい!」と望んだ人もたくさんいたと思いますが…

 

各地で転戦し、負傷者を抱えながら飯盛山に逃れた白虎隊 6名(19名という説もある)は、負けて「生き恥」を晒すよりは…と言って、集団自決に及びました。

 

 これ、美しい話ですか?

 「生き恥」って何ですか?

 

 私はこの出来事が美しいと思わないし、彼らが生き残ったら会津の復興に大変な大きな力になったし、日本の未来のために大いに活躍する可能性があったろうと思うと残念でなりません。

 

 会津の人々が勝ち目のない戦に走り、皆々が命を投げ出し、悲惨な結果になったのには日頃の教育に問題があったと思います。

会津日新館の什の掟というものがあります。

 什の掟―じゅうのおきて(ならぬことはならぬものです) | 會津藩校 日新館―会津藩・白虎隊の学び舎

 

ここにある

 

・年長者の言う事に背いてはならぬ

・ならぬものはならぬものです

 

と言う部分はとても封建的で無思考な考え方と思います。

 年長者だって間違いはあるし、とても年少者を任せられないようなダメな年長者だっているはずです。年が上だからという理由だけで、言う事に従わなければならないなんておかしな話です。

 人は相手が誰であろうと、それが幼児であろうと、犯罪者であろうと、接する心の中に尊敬の念がなくてはなりません。

 自分自身は身の回りの全ての森羅万象により構成されているのですから当然の事です。

 

 そして、時代や立場に関係なく、人は自分の頭で考えなくてはなりません。思考停止してしまったら人はそこで終わりなのです。違和感や何故?にこだわりを持って思考する中に発展や進歩があるのです。

 

 こうした封建的な思想は徳川の時代に特に強調されたものと思います。世の中の道徳なんてものはその時代の為政者によってコロコロ変わるのが世の常です。徳川は太平の世を維持する為に、かつて起きた「下克上」の再来を絶対に阻止しなければなりませんでした。

 

 なので反抗者や異論を唱えるものは、それがどんなものであろうと封じる必要があって、その思想は日本全国津々浦々まで浸透する必要があったのです。(結果、西日本には浸透しきれなかったみたいですが)

 

 会津藩松平家が治めていたこともあり、儒教ベースの封建的思想が根強かったと思います。

 

 会津藩が無謀な戦に突き進み、老若男女が尊い命を無碍に投げ出していった悲惨な戦争には、封建的で、疑問に思う事、それを年長者に問う事を禁じられていた教育が根底にあった事が分かります。

 

 時は流れて太平洋戦争が起きました。この時の日本は当時の会津に似ていませんか?

 

封建的で、疑問に思う事、それを年長者に問う事を禁じられていた教育が徹底されていました。

 

 それ故に無謀な戦争に突き進み、余りにも多すぎる犠牲者が出ました。

 

沖縄での民間人を巻き込んだ集団自決

特攻隊

人間魚雷

など…

 

全ては間違った教育と思想があったからです。

 

太平洋戦争の時代にも「生き恥」と言う言葉が命を投げ出す現場にありました。本当に「生き恥」って何ですかね?

 確かに戦場では女性は辱めを受けたり、死んだ方がマシな扱いを受ける可能性があり、生きて恥を晒すより死んだ方がマシと言う考えも否めませんが、「生き恥」という言葉があまりにも拡大解釈をされ過ぎだと思うんです。

 

死んだら終わりですよ。

 責任も果たせないし、反省もできないんですよ。失敗を後世に伝えることもできないんですよ。生きてれば何かの役に立つ事が絶対にあるんです。

 簡単に死んではいけません。

 

 

  私が気持ち悪いと思うのは、この封建的で思考や疑問を挟む事を禁止する思想が、現在でも所々に根強く残っている事です。

 

 冒頭にも書いたように、小学生は白虎隊を学ぶにあたり、それをただ単に「かわいそうな出来事」としか学ばない事と、そんな悲惨な結果になったのは「什の掟」に見られるように封建的な思想があった事などをしっかりとそれぞれが思考しないところに危うさを感じます。とても牧歌的に見て聞いてきて、何も考えていないので、もっとしっかり考えようよと言いたいですね。

 

 あの出来事が「教育的に失敗であった」と誰も認めようとしない、或いは言わないところがおかしいと思うのです。年長者の言うことに意見を挟み、異論を堂々と唱え、様々な意見を聞き、皆が対等に考えを持ち寄ればもっと建設的な未来が待っていたと思うのです。

 

「 甲子園は戦争のノスタルジックの再現」

と聞いた事がありますが、甲子園を見ていると本当にそう思いますね。

 

 危険レベルの酷暑の中で整然と軍隊式行進をし、軍隊の様な選手宣誓をし、サイレンを合図にゲーム(戦争)を開始して、ルールの中には「犠牲」「死」「盗」「塁」など物騒な名前ばかり。

 選手はチームのために、自身を犠牲にして(実際の野球人生や自分の人生も)一試合一試合にかける。疑問に思ってもみんなが決めた事には異論を唱えてはならない。何故ならばみんなと一緒だから、みんなとここまできたから。「絆」とかあるから、仲間はずれにされるから。

 

 選手のこれからを慮って、手加減をして負けて地元に帰ったら、「腹切れい!」と言いかねない熱狂的野球オヤジとかいそうですよね。

 

 本来ならば会津戦争を振り返った時、太平洋戦争を振り返った時、負けを認めて反省しなければならないのに、多くの犠牲者を悼み謝罪しなければならないのに、指導者や上官は負けを認めず失敗を認めず(認めたら当事者は居ても立っても居られないので認められない)反省もせずに手の平を返した様にのうのうと戦後を生き延びてきたから、現代でもこうした思想がスポーツでも学校でも会社でもどこでも、目に見えない「什の掟」や大本営として其処彼処に潜んでいるのだと思う。

 

 だからあえて言う。8月15日は「敗戦記念日」だと。