ケンタロウBlog

 ケンタロウが日常の中で、見たり聞いたりした事について書いています。

自治体の役目

"独立"する富裕層〜アメリカ深まる社会の分断〜

 アメリカでは、富裕層らが「郡」から自分達が暮らす自分達の為の「市」を独立させる動きが多数ある様です。

 富裕層らは税金が貧困層だけにつかわれ、自分達には使われていない事に不満を持っています。

 アメリカ国内で、約30箇所でこの様な市の独立または独立に向けた運動が行われているということに驚きです。
 アメリカでは貧富の差が大きく、1%の富める者達が貧しい99%を支える社会になっています。
 そして今、この1%が「支える」という事を放棄し始めました。

 自治体の役割、税金と公共サービスの意味が問われています。

 富裕層の市は財政が豊かで、行政に経営手法を取り入れて大幅な経費削減を成し、自分達にとって必要な事に潤沢な予算を配当しています。
 逆に富裕層が切り取って余った、貧困層が多く住む地域は税収が大幅に下がり、行政サービスが行き届かなくなりました。それにより、刑務所や病院が運営できなくなり、その他の様々な面で住民は不便な暮らしをしています。

 格差社会というよりも、階層社会が確立されている事がうかがえます。

 私はこの状況を対岸の火事とは思えません。

 日本でも格差社会が色濃くなりつつありますが、それよりも高齢層対若年層のコントラストの方がより深刻だと思います。

 日本は高齢化社会から高齢社会になりました。日本国内何から何まで高齢者向きになっています。
 テレビ番組、自動車の運転支援装備、商業施設、広告、行政サービなど、至る所で高齢者を優先とした社会を実感します。
 高齢者主導の社会の中で、少数派の若年層は様々な機会を失っていると思います。

 地方に住んでいる前提での話ですが、子育て支援など絵に描いた餅です。塾もスポーツや習い事も遊びに行く場所も買い物をする場所も選択肢が少ないです。学校や保育園によっては高齢者(地元有力者)への過分な配慮を感じます。

 少子高齢化が始まった頃から、若年層と高齢者層の生活の分断が加速し始めましたが、世の中が高齢社会の色を濃くするほどに、若年層にとって必要な行政サービスや商業が充実している都市部への若者の移動と、地方の高齢化率の上昇は益々加速するでしょう。

 若者は自分達に必要なものを用意してくれる街に然るべくして流れ込んでいきます。
 労働者人口の流出を危惧した高齢自治体は、どうやったら若者を呼び込めるか、相変わらず高齢者視点で終わらぬ議論を延々と繰り返すでしょう。

 労働者人口が減れば税収が減り、行政サービスは滞り、狭い地域間で行政力格差が開くでしょう。

 今まさにアメリカの地方で起きている事が、起因するところは違えど日本の地方でも起ころうとしているのです。

 この番組の中でもう一つ気になったのが、経営手法を取り入れて経費を削減し、今まで数百人で運営していた行政をたったの9人で済む様になったことです。
 民間委託で人件費を削減し、その分を市民が求めるサービスに充当しています。

 税収が減ってゆく自治体は、いずれこの様に思い切った予算削減を断行する必要が出てくるでしょう。
 
 その時は何を残し何を捨てるかという判断をしなければなりません。
 行政サービスの対象となる市民層や役割を絞り込む必要に迫られる事になります。
 契約社会を全て良しとは思えませんが、有る程度そちらにシフトしてゆかなければならないと思います。

 何の為の自治体なのかはっきりする必要があります。

 多くの自治体の頭を悩ます社会人口減少ですが、食い止める様々な取組みがなされています。
 日本は国民の多くが高齢者です。であればわざわざ全体的に少ない若者を呼び込む事で街を活性化する事は無理があるんじゃないでしょうか?
 以下は一例ですが、
 高齢者にとって住み良い街を作り上げ、高齢者を呼び込む事を積極的に取り組む方が良いのではないでしょうか?
 すると、福祉従事者が必然的に集まることになりますが、そこは若年層を集めるきっかけになるのではないでしょうか?
 高齢者を取り巻く環境が雇用を産み、産業を産み、そしてよくよくは市外への福祉供給を増やし、外貨を獲得する一助にもなるのではないでしょうか?
 


 地方自治体は全てを抱え込む何でも屋を脱却し、市民の為にどういった働きをする所なのか明らかにする事が必要があります。

 
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