真実と善と美

 日常の中で、見たり聞いたりした事について書いています。

子育て支援

 うちには4歳の男の子がいます。妻の仕事が忙しくて子育てと家事のウエイトは夫婦で分担しています。

 妻が妊娠した時から市からマタニティ教室やパパ向けの子育て教室などの案内がきて、活用させてもらいました。

 産まれてからも検診などを通じて子どもの健康観察やアドバイス等を貰い、妻の育休が終わった1歳から市立の保育園に通い始めました。

 

 妻は帰りが遅くて、保育園のお迎えから寝んねまで私が家事と育児を担っていました。妻の帰宅時間の変動はあれども、基本的にこのスタンスは今でも変わりありません。

 初めての育児で分からないことはもちろん多くて、不安や戸惑い、子どもに対するいらだちも沢山ありましたが、苦しい時はいつも保育園の先生からアドバイスや気持ちを楽にしてくれる言葉をかけてもらったり、母親から助けてもらったりしました。

 また、子どもの様子をみては「この子はこうした方がいい」とか「この時期はしょうがないから放っといていい」などとうちの子どもに限ったアドバイスを貰い、その時期その時期にやるべきことなどを落とさずに対応出来ました。

 子育ては子どもが成長するに従って楽になりましたが、それでもまだ子どもの癖や行動に不安を感じたり、他の子に出来てうちの子に出来ない事、それを看過しても良いか、看過すべきで無いか?子どもの発するサインが何を表しているかなど、保育園の先生や母から貴重なアドバイスをもらっています。

 

 自分にとっての子育て支援とは金銭的な支援ではなくて、こうしたアドバイスやねぎらいの言葉、子育ての時間から一時でも開放してくれる支援です。

 

 私には母親が近くに住んでいて、保育園の先生からアドバイスをもらったり、ご近所の方から子育ての体験談を交えてアドバイスをもらったり、そんな風に支援してくれる環境が整っていますが、世の中にはそういった支援を受ける事が出来ない人は沢山いると思います。

 行政が「子育て相談」など用意してくれてることは知っていますが、子どもの日常をみて、そして親の生活の状況や得手不得手など見聞きして、その子その親子に対する的確なアドバイスをしてくれる人は意外と少ないと思うのです。

 

 子育てのストレスは相当なものです。毎日子どもと二人きりで過ごすストレスは、全てを否定的な観点で見てしまうようにします。

 虐待のニュースが報じられる度に、その親は痛烈に非難されますが、虐待の被害者は子だけでは無くて親子なのです。子どもに対する虐待を望んでしている親がいるでしょうか?いるわけない。

 健全な育児は親の健全な心身に由来するものです。

 

 私は育児の中で感情的になり、子どもに手を挙げることがたまにありますが、その度に心が苦しい思いをします。そう思うと、子どもに虐待をしてしまった親の苦しみは想像するだけで胸が苦しくなります。子育てに苦労した人でなければ理解できないでしょう。

 

 最も重要な子育て支援とは、子育ての経験者が親子に寄り添って助言や労いをすることです。

 

 私は「子育てマネージャー」というものを作って子育てに苦労されている人を支援する所が必要だと思います。

 月に何度か親子と面談し、その子の問題や親が不安に思っている事や家庭の事情を聞き取って、親子と接しながら個別のアドバイスをするというものです。子育てに苦労する親は安心感と自信を持つでしょう。

 こうした支援は子どもが小学生や中学生になっても活きてくると思います。なぜなら、親の子に対する悲観的な態度や無関心さはむしろ子どもが思春期を迎えた辺りで子どもに大きな悪影響を与えるからです。親子の関係は毎日の積み重ねだと思います。明日親子関係に奇跡が起きたとしても、それに起因する気持ちはこれまでの親子関係の積み重ねなのです。子どもが幼児の頃の親子関係の線上に未来の親子があるのです。

 

 子育ては「喉元過ぎれば」というところもあるし、一世代で子育てを取り巻く環境は全然違うし、しかし、子を育てるという原始的な営みはいつの世の中でも変わらないものです。どんな親子であろうとも、慈しみを以って子育てを支えてあげてほしいものです。そうして子育て支援というものは時を超えて繰り返されていくものだと思います。